おかげさまで大好評の「4500マイル」。2001年11月にめでたく完成、MP3.comに無事アップロードすることができました。思い起こせば、コラボの話が出たのは2000年の春、実際に動き出したのが2001年の5月、録音を開始したのが9月。1年7カ月にも及ぶ大きな企画でした。
今回は、この大プロジェクトの誕生秘話をお届けしましょう。なお、“B'zを抜いた”など順位についてはこちらもご覧下さい。
■Norikoのサポーターに - 2000年4月
2000年4月以降、高槻はNorikoに対して様々な形でサポートを続けています。MP3.comのステーションを利用して日本語のページを作成したり、アップロードした曲を大々的に宣伝したり…。ほぼ無報酬ですが、一つだけ大きなプレゼントがありました。それが、このコラボなのです。
ロサンゼルスの第一線で活躍しているキーボード奏者が、わざわざアジアの田舎者に「コラボしよう」と声をかけてくれたのです。2000年の4月頃のことだったと記憶しています。
とはいえ、せっかくの話になかなか実感が沸きませんでした。NorikoはLA、高槻は東京。実際どうやって録音すればよいか、ベストな解が見出せなかったからです。会話の最後は、いつもコラボについてのことだったのをよく覚えています。検討事項として常に頭にはありましたが、それ以上のアイデアがどうしても浮かばず、1年が過ぎてゆきました。
■ロサンゼルスへの旅立ち - 2001年6月
大きな転機がやって来ました。2001年の6月に、高槻はNorikoの家に遊びに行くことになったのです。こうなったら、さっそくコラボの準備。構想を練り始めたのは5月くらいからでしょうか。
何かきっかけが欲しいところです。電話でNorikoに聞かれました。「何かキーワードないの?」。咄嗟に口に出したのが「うーん、4500マイル」。「それ、いいね」――Norikoもピンと来たようです。ということで、“4500マイル”を切り口にしてアイデアを膨らませることにしました。結局、この4500マイルが、話し合ったわけもなく、そのまま曲名になりました。
ちなみに、4500マイルは成田とロサンゼルスの間の距離のつもりでした。航空券を買うためにいろいろ調べていたら、この数字が妙に頭に媚びりついていたのです。正しくは5400マイル(5451マイル)だったわけですが、会話のどこかで4500マイルにすり変わってしまったみたいです。途中で気付きましたが、“4500マイル”の方が語感が良いので、曲名は変更しませんでした。これに関連した話は、Norikoがこの連載に書いています。
http://www.prosoundcommunications.com/
comm_main/column/noriko/jul01/july.html
さて、いろいろ考えた結果、自分としてのコラボの方針が固まりました。
・互いの得意分野からするとスムースジャズ
・旅の記念なのでロマンチックかつドラマチックに
・捻るのではなくわかりやすい音楽にする
コード進行とメロディーのモチーフをぼんやりと考えました。通勤の途中に歩きながら、ああでもないこうでもないと、頭の中でさんざんシミューレーション。テンポはミディアム、コード進行は I-VI-II-V のお決まりパターン。あえて、どこにでもありそうな素材を目指します。
なんとなく固めたネタを引っさげて、いざLAへ旅発ちました。6月10日のことです。
■いよいよスタジオワーク - LAにて
LAに着いて4日目、Norikoの友人宅にあるスタジオに行きました。ここで、曲を作りながら録音します。
高槻の素案にNorikoが肉付け、というより、作ってもらったという感じでしょうか。持っていったラフな譜面に、Norikoがさくさくとメロディーを書き入れていきました。鼻歌交じりにリアルタイムで作っているという感じでしょうか。あっという間にAメロとBメロが完成です。
これだけだと寂しい、ということでCメロを追加することにしました。二人でコード進行をあれこれ練り、8小節を作りましたが、最後にあえて2小節くっつることに。引き締まり感が出ました。AとBのメロディーはサックスが吹くことになっていたので、高槻が「Cはボーカルにしたらどうかな」と提案したら「こんなのどう?」という返事とともに、Norikoは素早くメモ書き。
Forty-five hundred miles, he's come across the ocean
Forty-five hundred miles, the music connects two of us
歌詞について、こちらからは何もリクエストしませんでしたが、旅の思い出として美しい内容だったので、嬉しかったです。
さらに、つなぎソロとソロの間の“つなぎ”の部分も8小節盛り込みました。高槻は | CM7 | Cm7 | DonC | DbonC | のような進行を提案したような記憶があります。あまり気に召さなかったようなので、結局はNoriko案の | CM7 | AbonC | CM7 | AbonC | に決まります。
おおよその進行が出来上がった時点で、ドラムとベースとピアノを録音。音色をサンプル集から選びます。アタリ(Atari)というコンピュータにNotaterというソフトを使っての録音でしたが、高槻にはさっぱりわからないシステムだったので、すべてNoriko任せ。とはいえ、Norikoも不慣れ。Norikoが録音している間、高槻はオーシャン(Norikoの愛息子)の子守りをしていました。アメリカにも公文式があり、それの宿題をチェックする係りでした。
さすがに、1週間ずっとコラボばかりしているわけにもいかないので、作業は3時間×2日で切り上げ。残りは宿題です。それでも、曲の骨格が明確になったので、収穫の多かった2日間といえましょう。
■Norikoが帰省 - 2001年9月
Norikoが9月に帰省することが、急に決まります。高槻がLAから帰ったあと、Norikoがかなりのところまで作り込んでくれていたのですが、せっかくの機会なので、リズムセクションを高槻のバンドで録音しなおすことにしました。最終的には、ギター、ベース、ドラムが生録音として参加しています。こうして“カラオケ”を作成しました。
生録音なのでリズムセクションの切り貼りは不可能です。進行はきちんと決めることにしました。全体の進行は高槻が考えましたが、細かいところをNorikoに意見してもらいました。Norikoによると、LAのラジオでかかる曲の多くは長さが3分30秒~3分45秒程度なのだとか。これを考慮して、当初は、サックスソロの途中でフェードアウトさせるつもりでしたが、Norikoが「後テーマがないのは中途半端」だと言うので、結局はソロの後にもメロディーを入れることに。
金沢市内にある九里(くのり)スタジオを予約しました。東京からの予約なので店長は怪訝そうでしたが、事情を話すと納得してくれた模様。実はこのスタジオ、Norikoの行き付けだったらしく、LAに発つ前にやったお別れライブのリハを、ここ九里で行ったとか。
9月16日の朝は5時起き。AW4416とスーツケースを持って行ったので移動はかなり大変でしたが、日本海を眺めながらの列車の旅は風情たっぷり。昼前に金沢に着きました。駅ビルでNorikoにヒレカツを奢ってもらいスタジオへ直行。13時前に着きました。
■7時間でどこまで撮れるか? - 九里スタジオにて
この日のメニューは盛りだくさん。ソロを含むピアノ、コーラス、ストリングスという3セクションを完成させる必要があります。予約自体は7時間でしたが、なるべく短時間で仕上げたいところです。
まずはピアノの録音。スタジオにはローランドのRD-700というキーボードが置いてありましたが、この音を使わず、Norikoが持参したKURZWEILのMicro Pianoという音源モジュールを使いました。RD-700は入力用のキーボードとして使用。
さっそくプレイ開始です。3時間以上をピアノの録音にあてましたが、中でもソロにはかなりの時間を取られました。出だしのパターンはNorikoのお気に入りだったので、この部分はほぼ固定。そこからのバリエーションが何十通りにも広がりましたが、結局は5テイクのみを残すことに。今回使わなかったテイクのソロですが、演奏後に「ブルースしちゃったー!」(Cの6小節目のAm7)とかわいらしく振舞う場面もありました。
次はコーラスの録音ですが、かなり凝っていました。メインボーカルは同じメロディーを3トラック分録音します。“4500 miles”の“s”など語尾の子音は、3トラックの中での、メインの1トラックだけで歌います。こうすることでズレを防ぐのだとか。バックコーラスの部分は、3声×2本ずつを録音しました。メインボーカルだけでなくバックコーラスも複数のトラックを録音・ミックスすることで、仕上がり時に音が広がります。LAではこうした手法がメジャーだということで、目から鱗でした。ボーカルだけで9トラックを使いました。
最後はストリングス。これはあっという間でした。高槻は「頭の16分音符を6連符に変えてほしい」などとわがままを言ったりしましたが、即対応。さすがは、という感じでした。イントロのストリングスのおかげで、曲全体にいい雰囲気が醸し出されたと思います。
■残るはサックスの録音 - まる3日の苦心作
最後に残ったのは、言わずと知れたサックスの録音。メロディーはメロウに、ソロは少し激しく吹こうと考えていました。
まずメロディーを録音したのですが、意外と難しかったです。16分音符のハネ具合や伸ばす音符のビブラートのかけ具合など、テイクを重ねるごとに細かい点が気になっていきます。多分、100回は吹いていると思います。単純なメロディーでも創意工夫の余地は大きいと感じました。
ソロは3回あるので、1発目はパンチを効かせ、2回目は少し引いた感じ、3回目は再び激しくという構成で行くことにしました。実は今回のサックスは3度(3日)録音していまして、1回目の録音はノリが悪かったのでボツ、次の録音はまずまずでしたが、もう少し良くしたかったので、ほぼ同じフレーズを3回目として吹きなおしました。
音数が多すぎてピアノの伴奏を殺してしまわないように、といった細かい配慮も、もちろんしました。ソロの後にメロディーがあるので、それに次につながるように吹く必要もありました。フェードアウトでないのなら“落としどころ”に持っていかないと収まりが悪いので、少し最後を頑張ってみたのがあのソロです。
かなり計算して吹いたソロでした。
■ミックスの段階でイントロを再録 - Norikoからの要望
サックスが終了したら、ミックスダウンです。仮ミックスしたものをMP3ファイルにして Norikoに聴いてもらいました。恐る恐る電話すると「やっぱり、イントロを吹きなおして欲しい」。かなり愕然としましたが「うん、わかったよ」と告げ、仕方なくスタジオ入り。こちらとしては、ソロのつもりでバリバリに吹いていたのですが、イントロ部分のNorikoのこだわりを聴き逃していたようでもあるので、反省して吹きなおしました。
ミックスとマスタリングでは田頭勉氏にお知恵を拝借しました。彼は作曲家でありエンジニアでもあるので(そして演奏家でもある)、客観的に判断してもらえると思ったのです。そして、その期待は的中しました。こちらからファイルを送ったら、適切にマスタリングしなおしたファイルを返信してくれたのです。
田頭氏からのファイルを真似ながら、1からミックスをやり直しました。具体的には、むやみに音量を稼ぐのをやめたのと(コンプレッサーを弱く)、高域を強調した2点が大きいです。自分としても、かなり良い感じに仕上がったと思いますし、Norikoも「かなり良くなったね」と評価してくれました。
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こうして無事アップロードに漕ぎ着けたのでした。長い道のりでしたが、いろいろと学ぶことが多く、大きな経験となりました。
高槻の自作自演に見えるプロジェクトではありますが、真相は上記の通りです。Norikoが構想しお膳立てをしてくれた部分が大きいので、Norikoには大感謝。曲作りも役割分担も仲良く半々にできて良かったです。
協力してくれた嶺脇君(ギター)、飯野君(ベース)、上野君(ドラムス)、そして、ことの成り行きを静かに見守って下さった皆さんにも、厚く御礼申し上げたいと思います。