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2001年12月31日

目クソな日々

もちろん、朝、家を出る前に鏡を見ます。会社に着いてしばらくたってから、トイレに行きます。そこで鏡を見ると、目クソ。「ああ、恥ずかし」と思いながら黄色いカスを取り、席に戻ります。数時間してからまたトイレに行きますが、そのとき鏡を見るとまた目クソ。

アレルギー体質なので目ヤニが出やすいのです。加えて、乾燥する季節。すぐに乾燥し、目クソ化します。どうも、会社の空調が良くないらしく、知らずのうちに目が拒否反応を起こしているようですね。今は、目が痒くならないので、目がアレルゲンと戦っているのに気付かないのです。常に目クソ、というわけではありませんが、特に空気が汚れているところに行くと、出やすいですね。

そんなわけで、高槻に会った人は、高槻の目の内側をチェックして下さい。そして、目クソが付いていたら、是非、指摘して下さい。

★追加:高槻はハウスダストに対して重度のアレルギーです。どのくらい重度かというと――検査結果の棒グラフが右側に振り切れています(^^)

2001年12月30日

返事がいらない理由

たまには、自分の話を書きましょう。高槻は、頻繁にメールを出す相手に対しては「一通ごとに返事してくれなくていいよ」とわざわざ言っています。もちろん、返事がもらえるのは嬉しいですが。

高槻は編集者ですので、文章を書くのはそれほど苦になりません。というより、多量かつ説得力満点な文章を短時間に書いてしまうので、それの返事を求めることが相手にとって負担になるのでは、と気にしてしまうわけです。

例えば、プロのミュージシャンが一週間に一度、高槻を演奏会に招待してくれたとしましょう。でも残念ながら、そのお礼として、高槻はその人に対して毎週自分の演奏を(しかも高品質な)聴かせることは困難です。これと同じ理屈ですね。

相手が自分より文章が上手くて速く書けているにしても、気にしてしまいます。こんなことを考える高槻はヘンなのかもしれませんね。もちろん、コメントが欲しい場合はちゃんと「返事ください」と明記しています。そしてもちろん、誰に対しても、返事をくれるのは嬉しい、と思っています。

以上、ほとんど私信ですが(^^)

2001年12月16日

大好評の4500 Miles

(2001年12月16日更新・2005年11月9日準備中)

少しずつ内容を更新していきます

■2001年11月末、Norikoとのコラボレーション「4500 Miles」の順位が急上昇しました。有料広告を出したり、メールでどんどん宣伝したりと、かなり大掛かりに宣伝した結果です。皆様には厚く御礼申し上げます。


■順位の推移は以下の通りです。

■誕生秘話はこちら。2001年12月16日の記事です。

データ集計の
基準日
(米太平洋標準時) ランキングに
反映される
日時
(日本時間) 日本でのランキング 世界でのランキング
全ジャンル スムースジャズ部門 ジャズ部門 全ジャンル
2001/11/21 11/23早朝 ? (初登場!)523 ? 39969
2001/11/22 11/24早朝 ? 304 ? 19346
2001/11/23 11/25早朝 ? 40 ? 2000
2001/11/24 11/26早朝 ? 9 ? 334
2001/11/25 11/27早朝 4 4 ? 165
2001/11/26 11/28早朝 (B'zを抜いた!) 1 3 4 89
2001/11/27 11/29早朝 1 1 1 72
2001/11/28 11/30早朝 1 1 1 57
2001/11/29 12/1早朝 1 1 1 42
2001/11/30 12/2早朝 1 1 1 (100万曲中)41
2001/12/1 12/3早朝 1 1 1 46
2001/12/2 12/4早朝 1 1 2 58
2001/12/3 12/5早朝 1 2 3 74
2001/12/4 12/6早朝 1 2 2 97
2001/12/5 12/7早朝 1 2 4 122
2001/12/6 12/8早朝 1 2 3 124
2001/12/7 12/9早朝 1 3 4 153
2001/12/8 12/10早朝 1 3 8 164
2001/12/9 12/11早朝 2 3 8 225
2001/12/10 12/12早朝 2 4 10 244
*本でのランキングは更新が少し遅いです*

■曲はこちらにあります
http://japan.artists.mp3s.com/artist_song/2010/2010897.html
http://japan.artists.mp3s.com/artist_song/2010/2010915.html

上がNorikoのページにアップロードした4500 Miles、下が高槻の4500 Milesですが、どちらも同じ演奏です。順位が急浮上しているのは高槻のページにある4500 Milesの方ですが、なるべくNorikoのページから聴いて下さるよう、お願い申し上げます。もちろん、両方聴いて下さいますと、もっと嬉しいです。

■MP3.com内のジャズ関連のページに4500 Milesの広告を出して大宣伝しました。MP3.comではプロモオークションと言っています。ランキングのページで水色のゾーンにある曲がそうです。3位と4位の間、6位と7位の間、9位と10位の間、この3つのワクです。このときに限っては効き目がかなり大きかったようです。


■一連のことに関連して何本かニューズレターを発行しています。以下をご覧下さい。
2001/11/28 - Noriko & Take Rank First
(英語版)
2001/11/27 - B'zを抜き堂々本一に!
2001/11/16 - Norikoとのコラボがついに完成!
2001/11/15 - Noriko & Take's Piece Completed
(11/16版の英訳)

4500マイル物語

おかげさまで大好評の「4500マイル」。2001年11月にめでたく完成、MP3.comに無事アップロードすることができました。思い起こせば、コラボの話が出たのは2000年の春、実際に動き出したのが2001年の5月、録音を開始したのが9月。1年7カ月にも及ぶ大きな企画でした。

今回は、この大プロジェクトの誕生秘話をお届けしましょう。なお、“B'zを抜いた”など順位についてはこちらもご覧下さい。

■Norikoのサポーターに - 2000年4月

2000年4月以降、高槻はNorikoに対して様々な形でサポートを続けています。MP3.comのステーションを利用して日本語のページを作成したり、アップロードした曲を大々的に宣伝したり…。ほぼ無報酬ですが、一つだけ大きなプレゼントがありました。それが、このコラボなのです。

ロサンゼルスの第一線で活躍しているキーボード奏者が、わざわざアジアの田舎者に「コラボしよう」と声をかけてくれたのです。2000年の4月頃のことだったと記憶しています。

とはいえ、せっかくの話になかなか実感が沸きませんでした。NorikoはLA、高槻は東京。実際どうやって録音すればよいか、ベストな解が見出せなかったからです。会話の最後は、いつもコラボについてのことだったのをよく覚えています。検討事項として常に頭にはありましたが、それ以上のアイデアがどうしても浮かばず、1年が過ぎてゆきました。

■ロサンゼルスへの旅立ち - 2001年6月

大きな転機がやって来ました。2001年の6月に、高槻はNorikoの家に遊びに行くことになったのです。こうなったら、さっそくコラボの準備。構想を練り始めたのは5月くらいからでしょうか。

何かきっかけが欲しいところです。電話でNorikoに聞かれました。「何かキーワードないの?」。咄嗟に口に出したのが「うーん、4500マイル」。「それ、いいね」――Norikoもピンと来たようです。ということで、“4500マイル”を切り口にしてアイデアを膨らませることにしました。結局、この4500マイルが、話し合ったわけもなく、そのまま曲名になりました。

ちなみに、4500マイルは成田とロサンゼルスの間の距離のつもりでした。航空券を買うためにいろいろ調べていたら、この数字が妙に頭に媚びりついていたのです。正しくは5400マイル(5451マイル)だったわけですが、会話のどこかで4500マイルにすり変わってしまったみたいです。途中で気付きましたが、“4500マイル”の方が語感が良いので、曲名は変更しませんでした。これに関連した話は、Norikoがこの連載に書いています。

http://www.prosoundcommunications.com/ comm_main/column/noriko/jul01/july.html

さて、いろいろ考えた結果、自分としてのコラボの方針が固まりました。

・互いの得意分野からするとスムースジャズ

・旅の記念なのでロマンチックかつドラマチックに

・捻るのではなくわかりやすい音楽にする

コード進行とメロディーのモチーフをぼんやりと考えました。通勤の途中に歩きながら、ああでもないこうでもないと、頭の中でさんざんシミューレーション。テンポはミディアム、コード進行は I-VI-II-V のお決まりパターン。あえて、どこにでもありそうな素材を目指します。

なんとなく固めたネタを引っさげて、いざLAへ旅発ちました。6月10日のことです。

■いよいよスタジオワーク - LAにて

LAに着いて4日目、Norikoの友人宅にあるスタジオに行きました。ここで、曲を作りながら録音します。

高槻の素案にNorikoが肉付け、というより、作ってもらったという感じでしょうか。持っていったラフな譜面に、Norikoがさくさくとメロディーを書き入れていきました。鼻歌交じりにリアルタイムで作っているという感じでしょうか。あっという間にAメロとBメロが完成です。

これだけだと寂しい、ということでCメロを追加することにしました。二人でコード進行をあれこれ練り、8小節を作りましたが、最後にあえて2小節くっつることに。引き締まり感が出ました。AとBのメロディーはサックスが吹くことになっていたので、高槻が「Cはボーカルにしたらどうかな」と提案したら「こんなのどう?」という返事とともに、Norikoは素早くメモ書き。

Forty-five hundred miles, he's come across the ocean Forty-five hundred miles, the music connects two of us

歌詞について、こちらからは何もリクエストしませんでしたが、旅の思い出として美しい内容だったので、嬉しかったです。

さらに、つなぎソロとソロの間の“つなぎ”の部分も8小節盛り込みました。高槻は | CM7 | Cm7 | DonC | DbonC | のような進行を提案したような記憶があります。あまり気に召さなかったようなので、結局はNoriko案の | CM7 | AbonC | CM7 | AbonC | に決まります。

おおよその進行が出来上がった時点で、ドラムとベースとピアノを録音。音色をサンプル集から選びます。アタリ(Atari)というコンピュータにNotaterというソフトを使っての録音でしたが、高槻にはさっぱりわからないシステムだったので、すべてNoriko任せ。とはいえ、Norikoも不慣れ。Norikoが録音している間、高槻はオーシャン(Norikoの愛息子)の子守りをしていました。アメリカにも公文式があり、それの宿題をチェックする係りでした。

さすがに、1週間ずっとコラボばかりしているわけにもいかないので、作業は3時間×2日で切り上げ。残りは宿題です。それでも、曲の骨格が明確になったので、収穫の多かった2日間といえましょう。

■Norikoが帰省 - 2001年9月

Norikoが9月に帰省することが、急に決まります。高槻がLAから帰ったあと、Norikoがかなりのところまで作り込んでくれていたのですが、せっかくの機会なので、リズムセクションを高槻のバンドで録音しなおすことにしました。最終的には、ギター、ベース、ドラムが生録音として参加しています。こうして“カラオケ”を作成しました。

生録音なのでリズムセクションの切り貼りは不可能です。進行はきちんと決めることにしました。全体の進行は高槻が考えましたが、細かいところをNorikoに意見してもらいました。Norikoによると、LAのラジオでかかる曲の多くは長さが3分30秒~3分45秒程度なのだとか。これを考慮して、当初は、サックスソロの途中でフェードアウトさせるつもりでしたが、Norikoが「後テーマがないのは中途半端」だと言うので、結局はソロの後にもメロディーを入れることに。

金沢市内にある九里(くのり)スタジオを予約しました。東京からの予約なので店長は怪訝そうでしたが、事情を話すと納得してくれた模様。実はこのスタジオ、Norikoの行き付けだったらしく、LAに発つ前にやったお別れライブのリハを、ここ九里で行ったとか。

9月16日の朝は5時起き。AW4416とスーツケースを持って行ったので移動はかなり大変でしたが、日本海を眺めながらの列車の旅は風情たっぷり。昼前に金沢に着きました。駅ビルでNorikoにヒレカツを奢ってもらいスタジオへ直行。13時前に着きました。

■7時間でどこまで撮れるか? - 九里スタジオにて

この日のメニューは盛りだくさん。ソロを含むピアノ、コーラス、ストリングスという3セクションを完成させる必要があります。予約自体は7時間でしたが、なるべく短時間で仕上げたいところです。

まずはピアノの録音。スタジオにはローランドのRD-700というキーボードが置いてありましたが、この音を使わず、Norikoが持参したKURZWEILのMicro Pianoという音源モジュールを使いました。RD-700は入力用のキーボードとして使用。

さっそくプレイ開始です。3時間以上をピアノの録音にあてましたが、中でもソロにはかなりの時間を取られました。出だしのパターンはNorikoのお気に入りだったので、この部分はほぼ固定。そこからのバリエーションが何十通りにも広がりましたが、結局は5テイクのみを残すことに。今回使わなかったテイクのソロですが、演奏後に「ブルースしちゃったー!」(Cの6小節目のAm7)とかわいらしく振舞う場面もありました。

次はコーラスの録音ですが、かなり凝っていました。メインボーカルは同じメロディーを3トラック分録音します。“4500 miles”の“s”など語尾の子音は、3トラックの中での、メインの1トラックだけで歌います。こうすることでズレを防ぐのだとか。バックコーラスの部分は、3声×2本ずつを録音しました。メインボーカルだけでなくバックコーラスも複数のトラックを録音・ミックスすることで、仕上がり時に音が広がります。LAではこうした手法がメジャーだということで、目から鱗でした。ボーカルだけで9トラックを使いました。

最後はストリングス。これはあっという間でした。高槻は「頭の16分音符を6連符に変えてほしい」などとわがままを言ったりしましたが、即対応。さすがは、という感じでした。イントロのストリングスのおかげで、曲全体にいい雰囲気が醸し出されたと思います。

■残るはサックスの録音 - まる3日の苦心作

最後に残ったのは、言わずと知れたサックスの録音。メロディーはメロウに、ソロは少し激しく吹こうと考えていました。

まずメロディーを録音したのですが、意外と難しかったです。16分音符のハネ具合や伸ばす音符のビブラートのかけ具合など、テイクを重ねるごとに細かい点が気になっていきます。多分、100回は吹いていると思います。単純なメロディーでも創意工夫の余地は大きいと感じました。

ソロは3回あるので、1発目はパンチを効かせ、2回目は少し引いた感じ、3回目は再び激しくという構成で行くことにしました。実は今回のサックスは3度(3日)録音していまして、1回目の録音はノリが悪かったのでボツ、次の録音はまずまずでしたが、もう少し良くしたかったので、ほぼ同じフレーズを3回目として吹きなおしました。

音数が多すぎてピアノの伴奏を殺してしまわないように、といった細かい配慮も、もちろんしました。ソロの後にメロディーがあるので、それに次につながるように吹く必要もありました。フェードアウトでないのなら“落としどころ”に持っていかないと収まりが悪いので、少し最後を頑張ってみたのがあのソロです。

かなり計算して吹いたソロでした。

■ミックスの段階でイントロを再録 - Norikoからの要望

サックスが終了したら、ミックスダウンです。仮ミックスしたものをMP3ファイルにして Norikoに聴いてもらいました。恐る恐る電話すると「やっぱり、イントロを吹きなおして欲しい」。かなり愕然としましたが「うん、わかったよ」と告げ、仕方なくスタジオ入り。こちらとしては、ソロのつもりでバリバリに吹いていたのですが、イントロ部分のNorikoのこだわりを聴き逃していたようでもあるので、反省して吹きなおしました。

ミックスとマスタリングでは田頭勉氏にお知恵を拝借しました。彼は作曲家でありエンジニアでもあるので(そして演奏家でもある)、客観的に判断してもらえると思ったのです。そして、その期待は的中しました。こちらからファイルを送ったら、適切にマスタリングしなおしたファイルを返信してくれたのです。

田頭氏からのファイルを真似ながら、1からミックスをやり直しました。具体的には、むやみに音量を稼ぐのをやめたのと(コンプレッサーを弱く)、高域を強調した2点が大きいです。自分としても、かなり良い感じに仕上がったと思いますし、Norikoも「かなり良くなったね」と評価してくれました。

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こうして無事アップロードに漕ぎ着けたのでした。長い道のりでしたが、いろいろと学ぶことが多く、大きな経験となりました。

高槻の自作自演に見えるプロジェクトではありますが、真相は上記の通りです。Norikoが構想しお膳立てをしてくれた部分が大きいので、Norikoには大感謝。曲作りも役割分担も仲良く半々にできて良かったです。

協力してくれた嶺脇君(ギター)、飯野君(ベース)、上野君(ドラムス)、そして、ことの成り行きを静かに見守って下さった皆さんにも、厚く御礼申し上げたいと思います。