「東京環状線」と呼ばせたかった人たち
“東京環状線”って覚えていますか? 開業間際になって石原都知事が「6の字運転は環状運転ではない」と反対し“大江戸線”と命名されました。
今日、その大江戸線に乗りましたが、ドアの上の路線案内図を見ると、大江戸線は綺麗な環状鉄道として表現されているのに初めて気付きました。こんな具合です。
http://www.kotsu.metro.tokyo.jp/eigyou/subway/rosenzu/rosen_main.html案内図上では山手線が左側(西側)に寄せられています。都庁の役人が意地でも大江戸線を環状線に見せようとした結果なのかどうかは知る由もありませんが、とにかく、案内図の左側は妙に情報量が多いです。路線が入り組んでいる大手町付近は、意図的に右側を賑わせるようにデザインされているような気さえしてしまいます。
東京で環状線というと、一般的には鉄道なら山手線を思い浮かべるでしょう。そして、山手線の内側が東京の中心だと思うでしょう。しかし、戦前までは違いました。山手線の内側、すなわち「山手」は江戸の西半分にすぎず、山手線の東側の「下町」が江戸の東半分でした。今でこそ都庁は、江戸時代でいう西の果て「新宿」に移転してしまいましたが、本来なら大江戸線こそが、古の東京の環状線を名乗るに相応しいのです。
ところで、東京は西向きに発展したおかげで、相対的に下町の地位が下がりました。再び活気を取り戻そうということもあり、大江戸線は下町を便利にするよう都が計画したのでした。しかし、きょう路線図を見て、都の役人は都知事の鶴の一声になんとも悔しい思いをしたのではと邪推してしまいました。